2018.6.16 個人的なメモ


久しぶりに1週間ほど宮崎に帰省していた。
この期間、鹿児島の漁師さんを撮影に行ったり、某局の取材が入っていたりと予定は色々あったのだが、今回の帰省の一番の目的は拙作「The Absence of Two」の写真集を祖母と従兄弟の眠る墓前に供えにいくことだった。
ちょうど昨年6月に制作を開始してから1年もの時間が経過してしまったが、ようやく2人に見せに行くことがかなった。

そもそもこの写真集を作ろうと思った最も大きな動機は、従兄弟の生きた証を何らかの形で遺したいとうことだった。
それは僕なりの彼への弔いの形でもあった。
また同時に生前の彼の姿を写真に撮っていた人間としての責任でもあったように思う。
とにかく僕のこの手で作った写真集を天上に住む彼の元へと届けたいと強く思ったのが制作の発端だった。
そうやって制作を開始してから5ヶ月後の2016年11月。
従兄弟を最も愛した祖母があっちの世界に逝ってしまった。
祖母が逝ったちょうどその時、僕は海外にいて、最後の姿を目にすることもできずにお別れとなってしまったのだった。
その瞬間からこの写真集を従兄弟だけの為でなく、祖母にも捧げ、せめてもの僕から彼らへの弔いにしようと思った。
写真集は従兄弟の享年23歳と祖母の享年88歳を足した111冊分を作ろうと考えた。
1冊が彼らの人生の1年分と考えて1冊1冊自分の手で作り上げた。
111冊全部を作り上げるのに9ヶ月もかかったのはとんだ誤算だったが、(それでご迷惑をおかけした皆様、すみません)3月11日に全て完納となった。

そして従兄弟の誕生日(生きていたら28歳)に合わせて今回宮崎に帰省し、2人の眠る墓へと向かった。
墓前で手を合わせた後、写真集を開き、1ページ1ページめくって2人に見せた。
2人が繰り広げた何気ない在りし日の姿を、墓中の従兄弟と祖母は一体どう見ただろう。
幸せな時間も不幸せな時間も、その両方が詰まって人生なんだと、この写真集を見たある人は目に涙を浮かべながら言っていたけれど、僕もその通りだなと思いながら、1ページ1ページ丁寧にめくった。

その後、持参していた古い寸胴鍋に写真集を入れ、火をつけた。
2人が写った写真が静かに静かに火の中に包まれていった。
およそ15分ほどかかっただろうか。
墓前でメラメラと燃えていた写真集は真っ白な煙を出しながら雲上へと登り、最後に真っ黒な灰となって、小さな残り火とともに消えていった。
きっと向こう側にいる2人に届いたんじゃないかな。
そう思いながら、曇天の空を見上げて、僕の2人への弔いは終わった。

個人的な私家版写真集の旅はひとまずこれでおしまいだ。
とても長く、時々気が滅入ることも多かったけれど、今とても清々しい気持ちだ。
やっぱり作ってよかったなと改めて思う。
ここまで来るのに多くの方のご尽力と優しさと温かさを頂いたことに感謝します。
ありがとうございました。
ひとまずご報告まで。
これから次の段階へと進みますのでよろしくお願いします!