神奈川県秦野市で講演会

10月31日(水)に神奈川県は秦野市文化会館にて講演をさせていただきます。

「働くこと〜あなたを介して在る世界〜」

日時:2018年10月31日(水)18時30分〜20時30分

場所:秦野市文化会館 小ホール

 

お待ちしております!!

南アジア学会30周年記念シンポジウム

南アジア学会30周年を記念して行われるシンポジウム「感覚からみるインド世界――動物・生業・芸能」にて講演させていただきます。
当初は7月7日に予定されていたこのシンポジウムは大豪雨の影響により中止延期となりましたが、今回10月28日(日)に講演開催の運びとなりました。
講演では、バングラデシュの皮革産業に従事する労働者を取材した拙作「Tannery」や、チベットの鳥葬を撮影した「鳥葬」についてお話します。
また、講演と同時にパネル展も開催します。
ご興味あれば是非お越し下さい。

南アジア学会30周年記念シンポジウム(於京都大学)
「感覚からみるインド世界――動物・生業・芸能」

日時:2018年10月28日(日)13:00~17:30
会場:京都大学 稲盛財団記念ホール3階 大会議室
京都市左京区吉田下阿達町46 京都大学薬学部構内(地図64番の建物)
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/yoshida/map6r_m.html
(京阪線神宮丸太町駅 出町柳方面出口を出て北東へ徒歩10分)

※当日は会場内で吉田亮人氏の写真展も開催されます。
Akihito Yoshida Website:http://www.akihito-yoshida.com/

趣旨:
道をゆく牛のいななきに砂ぼこり、祠から漂う強烈な薫香、電飾で彩られた寺院から響いてくる音――
まさに五感をとおしてインド世界は私たちを魅了してきた。しかし、公共空間の浄化と秩序立てのため、
あるにおいが「悪臭」化されるといったように、しばしば感覚変容を伴う根本的な変化も起きている。
現地の人々が何を味わい、どんな音を聴きとり、意味をもたせ、どんなにおいに快/不快を感じているのか。
感覚とその変容を考えるにあたって、本シンポジウムではとりわけ、動物に対する態度や動物を介した
人と人の関係に焦点をあてる。インド世界において人々は、動物を対象化し資源として利用するのみならず
動物のコスモロジカルな表象やメタモルフォシスなどさまざまな関係を結んできた。

本シンポジウムでは人々の生業や芸能、信仰などの生活文化における人と動物との接点を一つの切り口とし、
そこでの人々の感覚経験とその変容を探求の対象とすることで、インド世界の文化的基層へ迫ると同時に、
変貌しゆく南アジアの現在に迫る。

プログラム:
全体司会:田中雅一(京都大学)、石井美保(京都大学)

13:00 趣旨説明 中村沙絵(京都大学)

13:10 講演
北田 信(大阪大学)
「絵画と旋律 〜 音楽的細密画に描かれる鳥獣」

篠田 隆(大東文化大学)
「インドにおける家畜経済の展開と家畜観の変容」

吉田亮人(写真家)
「チベットの鳥葬とバングラデシュの皮革産業」

岩谷彩子(京都大学)
「ヘビがもたらす感覚変容―カールベリヤーの旋回舞踊とその生活世界より」

15:10 休憩

15:30 コメント
小磯 学(神戸山手大学)
比嘉理麻(沖縄国際大学)

15:50 総合討論
司会:田中雅一(京都大学)、内山田康(筑波大学)

16:50 インド古典音楽実演
藤澤バヤン(タブラ)
北田 信(サロード)

17:30 閉会の辞

【お問い合わせ:中村(nakamura@asafas.kyoto-u.ac.jp)】

2018.9.27 宮崎県串間市にて講演会

2018年9月27日に宮崎県の最南端にある串間市の講演会にお呼び頂きお話をさせて頂きました。
約100名の参加者の前で「不在を生きる〜ある家族の生と死の物語〜」という演題で、拙作「The Absence of Two」にまつわるお話を1時間半ほどしたのですが、この講演会で最も印象的だったのは、最後の質疑応答の時にある70代くらいの小柄なおばあさんが話してくれたことでした。そのおばあさんは僕の目をまっすぐ見て、こう言い始めました。

「今日はお話を聞いてとてもよかったです。実は私は若い頃からずっと死にたいと漠然と考えていました。そのことを誰にも言うことができませんでしたし、死にたいと思う私のこの気持ちを他人が理解できるとも思いませんでした。私のこの願望を止めてくれたのは身体障害者の子どもでした。私が居なくなったらこの子はどう生きていけばいいんだろう。そう思うと、死ねませんでした。そして結局この年まで生きてきました。だから今日の話を聞いて思ったのは、どうして彼は最愛のおばあちゃんを残して死んでしまったのだろうと思いました。でも私は自分の本当の気持ちを人に言えなかった彼の気持ちも分かります。言えないんですよね。本当に。」

あの時なんで僕は気付いてあげられなかったんだろう。
僕にだけでも言ってくれれば。
何で何も言わずに逝ってしまったんだろう。

あっちの世界に或る日突然行ってしまった従兄弟のことを想う時、僕は今更取り返しのつかないこととは分かっていながらも、ずっとそう考えてきました。悔恨にも似た気持ちになって、自分を責めたりしました。
本当はこんなこと思いたくないけれど、人と人とは結局は本当の深い所では分かり合えないのではないかと思うのでした。
だからこそ「言えないんですよね。本当に」と言った、このおばあさんの言葉が妙に印象的で深く沁みたのでした。
人と人とは本当のところでは分かり合えない。
そう考えるのは悲しいけれど僕は、その「分かり合えない」を前提にして、分かり合う、歩み寄る、理解しようと努める、にじり寄る、寄り添うしかないのかなと今現在考えています。
そしてそこに何か希望があるのではないかと思うのです。
そんなことを考えながら講演会を終え、台風の影響で時化た太平洋をしばらく眺めて帰りました。