2018.10.21

2018年10月21日夜

編集の谷脇氏に電話した翌日の夜、緊急ミーティングが開かれた。
最終入稿までもう間もなくという段階で突然の大幅なデザイン変更要請。
AD松本氏と編集の谷脇氏には申し訳ない気持ちでいっぱいながらも、真摯に制作に向かってくれているこの2人にきちんと胸の内を話そうと思った。それが2人に対する誠実な姿勢だとも思った。
とはいうものの、やはり2人を前に、ほぼ決定だった表紙デザインを変えてくれと話を切り出すのはとても勇気の要ることだった。

「ごめんな、忙しい時に」

京都の三条大橋の前で彼らと落ち合った僕たちは、タクシーに乗り込んで松本氏が時々使っているという事務所まで向かった。
車中、松本氏が、

「何があったか、じっくり聞かせてもらおうか」

と、冗談っぽく言う言葉も今日は何だか痛いほど胸に刺さった。

京都の山奥にひっそりと佇む松本氏の事務所に到着したのは20時半を過ぎた頃だった。
10月末だというのに底冷えのするような寒さだった。
ストーブを入れ、赤いちゃんちゃんこを着込んだ松本氏が気を利かせてビールを空けてくれた。
それをグイッとひと飲みし、気持ちを落ち着かせると、僕は本題に切り込んだ。

「このデザイン、変えたいんや・・・」

僕はあのネットカフェで感じた違和感について話し始めた。
それはおおよそこんなことだった。
祖母と大輝がデザイン上の表現とは言えども、物理的に引き離されるのはやはりあまりにも悲しすぎるということ。
その物理的に「引き離す」行為を読者にそこまで体験させる必要があるのだろうかということ。
そして読者がこの「引き離す」儀礼を通過して2回目、3回目と本を再び開く気になるだろうかということ。
祖母と大輝は確かに一度は引き離されたとはいえ、今はきっと一緒にいるだろうこと。
だから2人は一緒にしてほしいこと。

そんなことを松本氏と谷脇氏に説明した。
彼らは黙って僕の主張に最後まで耳を傾けてくれた。
僕の説明が終わると松本氏がふうと息を吐いて口を開いた。

「今日、ここに来るまでにどう言ったら納得してくれるか、色々考えてきたんや。でも今の言葉聞いたらオイラたちが返せる言葉は何もないね。言いたいことはいっぱいあるけどさ」

制作スケジュールが大詰めを迎える中での変更が、予算を圧迫すること、制作に携わる多くの人に迷惑をかけることを松本氏と谷脇氏が一番分かっていることを承知の上で、彼らはデザイン変更する方向で納得してくれたのであった。

「今までの表紙デザインが無駄かっていうと、決してそうじゃない。捨てられたものは捨てられなかったものにちゃんと宿るんや。だからきっといいデザインにできると思うし、ここがデザイナーの腕の見せ所やな」

現実的に時間も予算も限られている中での変更を決断した松本氏が言った言葉が何だか力強かった。

「明日にも社内調整して、このデザインを変更する方向で動きます」

本当はこのタイミングで本の根幹を成すデザイン変更なんて勘弁してほしいところだろうけど、そんなことおくびにも出さず言った谷脇氏の言葉に安心した。
時計を見るともう終電間近だった。

「また終電逃してネットカフェ行って、また違うんですとか言われたら困るから今日はちゃんと家帰りぃやあ」

松本氏が冗談っぽく言ったその言葉に笑って、事務所を後にした。

(ちなみに翌日、全てを松本氏と谷脇氏に任せたまま僕はバングラデシュ行くという・・・)

2018.10.19 その2

2018年10月19日深夜 大阪・ネットカフェにて

「もうこんな時間やん!」
松本氏と谷脇氏と飲みながら様々なことを語っていたら終電の時間が迫っていた。
急いで駅に向かい、間一髪、京都行きの最終電車に飛び乗った。
ホッと一息ついて、電車内の電光掲示板を見ると、「大阪・高槻行き」の文字が。
電車に乗り間違えるの一体何回目だろう。
これまで本当に数え切れないくらい何度も乗り間違えては見知らぬ街で降り立ったこと数知れず。
今夜も京都まで行かない電車に乗り間違えた僕はいつものことと諦めて、高槻のネットカフェで夜を明かすことに決めた。
到着した高槻駅は人もまばらで、既に静まり返っていた。
ネットカフェがどこかにないものか携帯で探すとすぐに何軒かヒットした。
駅から一番近いカフェを目指して秋風吹く高槻商店街の中を歩くとすぐにケバケバしい電光掲示板が目についた。
到着して、受付を済ませ、飲み物を持って、個室に入り、人心地ついたところで、僕は鞄の中から写真集のダミー(試作本)を取り出した。

試作本の形状は本の半分がスリーブ形式になっており、写真集を開ける時に祖母と大輝が別れる構造になっている。
私家版写真集の中で祖母と大輝が離れ離れになることを表現する為に作ったギミックを今回の写真集でも再現する為に、表紙デザインに落とし込んだのだった。

↑ 私家版写真集のギミック


↑ 青幻舎版写真集の表紙デザイン

僕はこの試作版のスリーブをネットカフェの個室で何度も何度も出しては入れ、入れては出してを繰り返した。
時計を見ると既に午前2時を過ぎていた。
酔いも醒めて、ネットカフェの個室でポツンと一人きりでスリーブを繰り返し出し入れしていると違和感のようなものが微かに膨らんでくるのを感じた。
その違和感の正体が何かはすぐには分からなかったけれど、次第にムクムクと膨らむその感覚は確実に僕自身を覆っていった。
疲れているからだろうと思った僕は個室のリクライニングシートにもたれて、その違和感を打ち消す為にも眠りについて一夜を過ごした。

翌朝目が覚めて、自宅に戻った僕は昨晩の違和感の正体が未だに残っているかどうか確かめる為にもう一度試作本を手にとってみた。

「この写真集が望む形状はこれではないのではないだろうか」

本の声に耳を傾ければ傾けるほどに、そんな声が聞こえてくるような気がした。
このままの形状で刊行するべきではないのではないだろうか。
この本は本当は別の形で生まれてくることを望んでいるのではないだろうか。
直感かもしれないが、無視するにはあまりにも大きくなり過ぎたこの気持ち。
一生懸命にここまで作ってきてくれた制作チームの皆んなにはとても悪いとは思ったけれど、僕は意を決してこの想いを伝えることにした。

2018.10.19


 

2018年10月19日 大阪・松本工房にて

本作のプリンティングディレクターを務めてくれている、ライブアートブックスの川村さんが抱えて持ってきてくれたのは、テストプリントだった。
今回の写真集に収める写真の印刷の具合を確かめる為に様々なパターンを想定して出力したこのテストプリント。
僕たちはこれを遠目から見たり、ルーペで細部をチェックしたりして、印刷の具合をチェックした。
また、束見本といって、完成本と全く同じ紙、同じ仕様、同じ大きさで作られた試作本(中身は白紙ページ)も川村さんが作ってきてくれて、これもチェック。
この束見本に、実際に写真を切り貼りして見ると、今まで頭の中で描いていた完成予想図がグッと具体的に描くことができた。
何だかこの感覚、まだ見ぬ赤子の姿をエコー写真を通して見る感じに近い。
「そうか、こういう姿になるんだな、この写真集はこういう姿になって生まれてくるのだな」と思わず感動してしまう。

何となく最終形が見え、いい感じに出来上がりそうな予感を噛み締めて、この日は松本氏と谷脇氏と事務所近くの居酒屋で酒を酌み交わす。

「もうな、アキのおばあちゃんと大輝くんに会ったことないけど、でもこの物語が自分の物語として完全にインストールされてるから」

と、日本酒をちびりちびり飲りながら呟いた松本氏の言葉がとても印象的だった。谷脇氏も同じようなことを言ってくれた。
制作チームのみんなが、この作品を自分自身の物語として深いところまで落とし込み、自分ゴトとして捉えてくれているのが何よりも嬉しかった。

2018.10.12

2018年10月12日。青幻舎にて。
編集者の谷脇さんと小島さんと3人で会議。
主に刊行された時に行うイベントについてと、僕が編集・セレクトしてきた写真集の中身について検討する。
この会議机で向かい合うの何回目だろう。

2018.9.25

松本工房事務所にて。
写真集の造本・編集についてADの松本さん、青幻舎の編集者の谷脇さん、小島さん、そして印刷所の人を交えて朝から晩までずっと議論し合った。
特に今日は写真集に入れる写真のセレクト、並び順について、なぜこの写真が必要なのか、なぜこの写真は要らないのか、なぜこの写真はこの大きさにするのか、なぜこの写真がここに来るのか、一枚一枚写真を見ながら話し合った。
写真集を見る人にそこまで伝わるかどうか分からないが、この一つ一つの議論が写真集自体が持つエネルギーや熱に消化されていくのではないかと思う。
頭フラフラなったけどすごくいい写真集が出来そうな予感がする。多分。恐らく。

2018.9.20

写真集が出来上がったら一冊一冊をなるべく手渡しで、しかも出来るだけ読者の方と対話しながら渡せたらと考えている。
だから写真集が出版された暁にはなるべく全国のあちこちの書店を行商人のようにドサ回って、日がな一日サイン会したりとか、
トークイベントしたりだとかして、読者の方にダイレクトに繋がって本を売れたらどんなに素晴らしいだろうかと思っている。
そんな僕の妄想に青幻舎の編集者は付き合ってくれて、着々と準備を進めてくれている。
今日は京都の書店・誠光社に10時に青幻舎の谷脇さんと、イベント周りのことを今回担当してくださる編集者小島さんと集合して、店主の堀部さんと企画相談。
堀部さんは僕の処女写真集「Brick Yard」からずっと観てくれていて随分前からフェアをしてくれたり、イベントを開いてくれたり、
写真展をやらせてくれたりと、何かと目をかけて下さっている方だ。
そんな堀部さんのお店「誠光社」を起点に、本作の全国書店巡りツアーをスタートさせたいとの想いから、今日は堀部さんにご挨拶。
店を後にしたその後、谷脇・小島編集者両人と雨の中、鴨川沿いのカフェでコーヒーとトーストを食べながら、今後の計画を練る。

2018.9.6

 

大阪の「松本工房」事務所にてアートディレクターの松本さん、青幻舎担当編集者の谷脇さんを交えて11時より打合せ。
この日はNHK名古屋局のディレクターの阿部さんが撮影で合流。
予算、デザイン、編集の大枠について話し合う。